僕の生い立ち(退院~鹿児島に引っ越しして3年)

 

みなさんこんにちは。。

 

今回は、かなりまったりとした内容になります。

 

この時点で、僕の病気は統合失調症で、このあたりから障害年金を貰っていました。

 

とはいえ、薬のせいか何かは解らないけど7年前の僕は「ひきこもりから抜け出したい!」という気持ちは、あまり起きないでいました。

 

社会福祉協議会の親友と音楽ボランティアの立ち上げの手伝いをしたり、後は、何をしたかな・・・。いわゆる昼夜逆転は無くなっていました。

 

まぁ、何をするではなく家族の夕飯を作ったりするのが僕の日課になりました。幻聴は相変わらず聞こえていたけど、被害妄想等は時間が経つにつれて無くなっていきました。

 

そして、実は同時進行で父親は鹿児島の引っ越しを検討していました。当時の父は、僕が鹿児島についていくとは思っていなかったようです。

 

でも、僕からすれば障害年金だけで、生計を立てていくのは難しい状態でした。だからといって僕は「鹿児島についていく!」とは言わずに、家を建てるという事は漠然と受け入れていた状態です。

 

そんな感じで、鹿児島移住の件は徐々に進んでいきました。あの時の僕はどうだったかな…まぁ、かなりテキトーに生きていた気がします。。

 

そして、今から5年前僕は、鹿児島に移住をしました。親友と送別会をし、転院先を検討し、僕は鹿児島に来たわけです。

 

新たな地での第一歩・・・とはならず、僕はあいまいに日々を生きていました。実は、まだこの頃にはパチスロ依存が結構出ていて、パチスロが頭の大半を占めていた状態かな。

 

それでも、鹿児島県のパチスロ事情は厳しく、僕の貯金は徐々に減っていきます。そんなある日、大勝した日があったのですけど、パチスロが勝っているのに面白くなくて、ふと「パチスロを辞めよう」と思ったのです。これが3年前の話です。

 

依存症というのは断ってからが大変です。GA(ギャンブラーズ・アノニマス)ではその日1日ギャンブルをしなかったことに感謝するという教えですが、昔GAに参加していた時にとある人の体験談を思い出しました。

 

その人は、パチンコを断つ代わりに、衝動が出た時に宝くじを買って気分を紛らわすというものです。

 

僕は、それを参考にして3年前から1年間パチスロはやらずに、パチスロがやりたくなったらロト6(7)を買うという行動を実践しました。

 

そうやって1年経つと、僕のパチスロへの衝動は無くなっていました。と同時に宝くじの当たらない事にも「お金がもったいない」と思うようになっていきました。

 

そんな感じから、ふとしたきっかけで僕はひきこもりから抜け出す機会を得ることになります。